Scope3排出量算定において一次データを活用するための実務手順を、GHGプロトコルに基づき解説。サプライヤーデータ収集から算定式への落とし込み、二次データとの併用までを整理しています。
・Scope3算定を二次データ中心で進めてきた担当者
・サプライヤーからの一次データ活用を求められている調達・環境部門
・CDP・SSBJ対応で算定精度向上を求められている実務者
導入
Scope3排出量算定に取り組む企業が増える一方で、「業界平均の二次データを使用して算定していることに、本当に意味があるのか?」と感じたことはないでしょうか。実際、二次データ中心の算定では、サプライヤーの削減努力が数値に反映されず、排出量削減の打ち手も見えにくくなりがちです。
こうした課題を背景に、GHGプロトコルでは、可能な場合にはサプライヤー固有データ(supplier-specific data)の活用が望ましいとされています。本記事では、「活動量×排出原単位」という基本構造を崩さずに、どのように一次データを実務に落とし込むのかを、段階的な手順として解説します。読み終える頃には、自社でどこから一次データ化を進めるべきか、その具体像が描けるはずです。
一次データ活用の全体像と考え方
一次データ活用とは、平均的な二次データを、サプライヤー固有の実測・算定値へ置き換えることです。算定式自体は変わらず、データの“中身”を高度化していく発想が重要です。
・基本構造は「排出量=活動量×排出原単位」
・排出原単位側の高度化が削減効果を左右する
・Scope3カテゴリ1から着手するのが現実的
なぜ一次データが求められるのか
実務でScope3算定を進めていると、最初は「まずは全体像を把握する」目的で二次データを使うことがほとんどです。これは正しい進め方ですが、一定段階を超えると限界が見えてきます。
たとえば、同じ製品を購入していても、A社は再エネを導入し、B社は従来型電力を使っている場合、本来は排出量に差が出るはずです。しかし業界平均の排出原単位では、その差は完全に無視されます。
一次データを使う最大の意義は、「削減努力が数値に反映される」点にあります。これは単なる精度向上ではなく、サプライヤー選定やエンゲージメント戦略と直結する経営判断の材料になります。
・排出ホットスポットを可視化し、サプライヤー比較を通じて調達戦略へ反映
・二次データは“入口”、一次データは“実行段階”
・経営・調達判断に使える数値になる
一次データの定義と範囲
一次データとは、自社またはサプライヤーなど、バリューチェーン当事者が実測・算定した活動量や排出量データを指します。重要なのは「完全なLCAでなくても一次データになり得る」という点です。GHGプロトコルでは、supplier-specific method として、サプライヤー固有の活動量や排出係数を活用する手法が整理されています。
たとえば、サプライヤーが自社工場の電力使用量を把握し、それに基づいて算定した排出原単位も、受領側にとっては一次データです。さらに、その算定過程で二次データを使っていたとしても問題にはなりません。
実務では、「どこまでが一次データか」を厳密に定義しすぎるより、自社にとってサプライヤー固有性があるかを基準に判断する方が現実的です。なお、一次データであっても算定境界や前提条件が不明確な場合は品質に差が生じるため、前提の確認は不可欠です。
・一次データ=完全な実測LCAに限定されない
・受領側視点で“固有性”があれば一次データ
・厳密さより運用可能性を優先する
一次データ活用に向けた範囲設定と優先順位付け
すべてのサプライヤーから一次データを集めるのは非現実的です。排出量や支出額を基に、対象範囲を戦略的に絞ることが重要です。
・高排出カテゴリ・高支出サプライヤーを優先
・Scope3カテゴリ1が起点
・段階的拡大を前提にする
対象カテゴリとサプライヤー選定
多くの企業でScope3排出量の大半を占めるのは、カテゴリ1(購入した製品・サービス)です。
まずはここに焦点を当てるのが合理的です。
次に重要なのがサプライヤーの優先順位付けです。実務では、全支出の上位80%を占めるサプライヤーから着手する、いわゆるパレート的アプローチが有効です。
「全社一斉依頼」を試みた結果、回答率が低下し、かえって進まなくなったケースも見聞きします。
最初は数社でもよいので、モデルケースを作ることが後続展開の鍵になります。
・排出量規模や支出額を基に優先順位を付ける
・まずは数社でモデルケースを作って成果を横展開
一次データでカバーする範囲の決め方
一次データ化は「全か無か」ではありません。一部を一次データに置き換え、残りは二次データで補完するハイブリッド型が現実解です。
重要なのは、「どこが一次データで、どこが二次データか」を明確に管理することです。これにより、年次で一次データ比率を高めるロードマップが描けます。
・ハイブリッド算定は前提
・一次/二次の境界を可視化
・年次改善を前提に設計
サプライヤーからの一次データ収集プロセス
一次データ活用の成否は、データ収集設計でほぼ決まります。依頼方法・形式の工夫が不可欠です。
・依頼内容は具体的・簡潔に
・テンプレート化が必須
・サプライヤー負荷を意識
データ依頼時の設計ポイント
サプライヤーに「排出量データをください」とだけ依頼しても、ほとんどの場合うまくいきません。重要なのは、何を・どの単位で・どの期間で・どの範囲で欲しいのかを明示することです。
たとえば、「製品1kgあたりのCradle-to-Gate排出原単位」「拠点別電力使用量(kWh)」など、算定に直接使える形で指定します。
また、CDP質問書やサプライヤー向けデータ収集フォーム(アンケート型ツール)を活用すると、回答負荷を下げつつ一定品質を確保できます。
・依頼項目は算定式から逆算
・単位・期間・範囲を明示
・既存開示データの活用も検討
回答率を高める工夫
一次データ収集は、実質的にサプライヤーエンゲージメントそのものです。一方的な依頼ではなく、「なぜ必要か」「どう使うか」を説明することが重要です。
「このデータが将来の取引評価にどう関係するか」を伝えることで、協力度は大きく変わります。
・目的とメリットを共有
・経営・調達部門と連携
・継続的対話を前提にする
一次データを用いた算定式への落とし込み
収集した一次データは、タイプ別に算定式へ落とし込みます。基本は3パターンです。
・活動量データ
・製品別排出原単位
・組織別排出量データの配分
活動量データ・製品別排出原単位の場合
サプライヤーから電力使用量や燃料使用量などの活動量データを受領した場合、自社側で排出係数を掛けて算定します。一方、製品別排出原単位を受領した場合は、自社の購入数量を掛けるだけで算定できます。
特に後者は、supplier-specific法としてGHGプロトコルでも平均データ法よりも高い精度が期待できる手法とされており、実務負荷と精度のバランスが良い方法です。
・単位整合性の確認が最重要
・排出係数の出典管理
・数式はシンプルに保つ
組織別排出量データの配分
サプライヤーの企業全体排出量を受領した場合は、可能な限り物理的な因果関係(生産量、重量、処理量など)を優先し、困難な場合に経済指標(売上高など)を使用して按分します。この際、「因果関係を最も反映する指標」を選ぶことが原則です。
実務では売上高配分が多いですが、可能であれば物量ベースも検討します。
・配分ロジックを明文化
・毎年同一基準で継続
・監査対応を意識
二次データとの併用と継続改善
一次データは一度で完成しません。二次データと併用しながら、継続的に改善します。
・一次データ比率を管理
・年次で対象拡大
・開示要件と連動
ギャップ補完と比率管理
一次データでカバーできない部分を二次データで補完するのは問題ありません。重要なのは、全体に占める一次データ比率を把握し、年々高めていくことです。
CDPやSSBJなどの開示枠組みにおいても、データ品質や算定方法の透明性が求められるため、一次データ活用の状況を把握しておくことは重要です。
・一次データ比率をKPI化
・年次改善を前提に設計
・開示ストーリーと整合
中長期での実務定着
一次データ活用は、単なる算定手法ではなく、サプライチェーンマネジメントの一部です。短期的な完成度より、続けられる仕組みを優先すべきです。
・完璧を目指さない
・継続可能性を最優先
・組織横断で取り組む
参考文献
[1] GHG Protocol Corporate Accounting and Reporting Standard
Corporate Standard | GHG Protocol
[2] GHG Protocol Corporate Value Chain (Scope 3) Standard
Corporate Value Chain (Scope 3) Standard | GHG Protocol
[3] Technical Guidance for Calculating Scope 3 Emissions
Scope 3 Calculation Guidance | GHG Protocol

