企業の脱炭素経営が国際的に求められるなか、Science Based Targets initiative(SBTi)は世界で最も信頼される気候目標の枠組みとして急速に普及しています。しかし、SBT を正しく理解し、基準に沿って適切に設計し、継続的に更新していくことは決して容易なプロセスではありません。
とりわけ、Corporate Near-Term Criteria や Net-Zero Standard のように専門的で複雑な要求事項を読み解くには、体系的な知識と実務経験が不可欠です。
こうした背景のもと、SBTi は 2025 年に「SBTi Certified Expert」制度と、その登録簿である Certified Experts Register を公開しました。これは、SBT に精通した個人専門家を公式に認定し、企業が安心して支援を受けられる仕組みを整えるための重要な一歩です。
本記事では、
SBTi Certified Expert とは何か、どうすれば取得できるのか、企業にどのような価値をもたらすのか、そして SBTi Academy がどのように学びを支えているのかを、SBTi の公式情報に基づき分かりやすく整理します。
特に、日本は SBT 検証済み企業数が世界最多である一方、認定エキスパートはごく少数にとどまっており、今後さらに専門的な支援が求められることが予想されます。企業が脱炭素経営を実務レベルで推進するために、ぜひ参考にしていただきたい内容です。
※最終更新日 2025年12月
・SBT(Science Based Targets)をこれから採用したい企業担当者
・すでに SBT を設定済みで、次の 5 年レビューや目標更新に備えたい企業
・Corporate Near-Term Criteria や Net-Zero Standard の理解を深めたい担当者
・排出量算定や目標設計に携わるサステナビリティ、調達、経営企画、財務部門の実務者
・SBT の申請プロセスで専門的な判断が必要だと感じている担当者
・外部コンサルタント・専門家として SBT 支援の品質を高めたい方
・SBTi Certified Expert の仕組みや価値を正確に理解したい方
・社内で脱炭素戦略の基盤づくりを進めたい方
特に、
「専門家の支援が必要かどうか判断したい」
「自社にどのレベルの知識が必要か知りたい」
という担当者にとって、この記事は実務に直結する情報を提供します。
1. はじめに
Science Based Targets initiative(SBTi)は、企業が科学的根拠に基づく温室効果ガス削減目標、いわゆる science-based targets を設定し、その整合性を保ちながら実行できるよう、多様な基準(criteria)や標準(standards)を提供してきました。近年、気候変動対策への関心は国際的に高まり、SBT の採用企業数も急増しています。しかし、科学的知見が更新され続けるなかで、企業が設定した目標が適切に設計されているかどうかを評価し、必要に応じて改善を行うためには、専門的な知識を持った個人による支援が不可欠になってきました。こうした状況の変化に対応するため、SBTi は専門家の能力を正式に認定する制度を創設し、より信頼性の高いアドバイザリー体制を整備する方向へと舵を切ったのです。
SBTi が認定制度を導入した背景には、science-based targets の策定が単なる宣言ではなく、corporate near-termとnet-zero つまり企業の短期とネットゼロの両方にわたる厳密な基準に適合する必要があるという事実があります。このため、企業が高い品質で SBT を設計するためには、専門的な基準(criteria)や標準(standards)を理解した人材が関わることが重要になりました。SBTi Certified Expert 制度は、この必要性に応えるために整備されたもので、SBT の理解から目標設定のプロセス、気候科学の知識、排出削減モデルの把握まで、幅広い専門性の証明を求められる資格となっています。
SBTi は、2025年に “Certified Experts Register” つまり認定専門家の登録簿を初めて公開し、認定された個人専門家の一覧を明確にすることに踏み切りました。これは、企業や組織が SBT の設定や更新を行う際、信頼できる個人にアクセスできるようにするための透明性向上の取り組みです。登録簿に掲載されるためには、SBTi Academy が提供する一連の学習モジュールと試験に合格し、Corporate Near-Term Criteria Version 5.3 と Corporate Net-Zero Standard Version 1.3 の両方を正しく理解していることが求められます。つまり、登録簿は単なる名前の一覧ではなく、SBTi が公式に認めた高い専門性の証明書でもあります。
SBTi は、世界中の企業がより正確に science-based targets つまり科学的根拠に基づく目標を策定できる環境を整えるため、この認定専門家の登録簿の公開を通じて、国際的な水準で認められた専門人材を可視化するという大きな一歩を踏み出したといえます。この制度によって、企業は専門家の能力や所属、認定期間を確認したうえでパートナーを選ぶことができるため、SBT の策定プロセスにおける信頼性をさらに向上させることが可能になります。
2. SBTi Academy とは — science-based targets を体系的に学べる公式オンライン学習プラットフォーム
SBTi Academy は、企業担当者やコンサルタントが science-based targets を正しく理解し、自社の戦略に適切に反映できるように設計された、SBTi 公式のオンライン学習プラットフォームです。science-based targets の基礎的な概念から、Corporate Near-Term Criteria や Net-Zero Standard の要件、排出量算定や目標設計の考え方まで、体系的に学べる点が大きな特徴です。
受講者の目的や学習段階に応じて選べるように、SBTi Academy は 3つのラーニングハブで構成されています。それぞれ明確な役割分担があり、企業は自社のフェーズに合わせて学習内容を選択し、必要な知識を段階的に身につけることができます。
Onboarding Hub — science-based targets を初めて学ぶ方向けの無料入門ハブ
Onboarding Hub は、SBT を初めて理解する担当者や、社内の基礎知識を高めたい企業に最適な無料の学習ハブです。
「science-based targets とは何か」「なぜ企業にとって重要なのか」「最初のステップは何か」といった基礎概念が、SBTi の使命とともに分かりやすく整理されています。
提供モジュール(すべて無料)
- Introducing science-based targets
- Understanding Technical Concepts
- Starting your Target-Setting Journey
- Introduction to SME route
- Introduction to FLAG
これらの講座は企業のサステナビリティ、経営企画、調達、財務など幅広い部門にとって役立ち、社内の共通基盤づくりにも活用できます。
Practitioner’s Hub — 実務担当者向けに基準理解と応用力を高めるハブ
Practitioner’s Hub は、SBT の基準や技術的要件をより深く理解し、実務へ適切に反映したい担当者のためのハブです。
基礎を学ぶ「Exploring モジュール」と、より実務に近い内容を扱う「Applying モジュール」に分かれており、学習段階に応じて知識を高めることができます。
無料モジュール(Exploring)
- Exploring GHG Protocol
- Exploring Corporate Near-Term Targets
- Exploring Corporate Net-Zero Targets
有料モジュール(Applying)
- Applying GHG Protocol
- Applying Corporate Near-Term Targets
- Applying Corporate Net-Zero Targets
Applying モジュールでは、排出量インベントリの扱い、スコープの整理、野心レベルの考え方、削減シナリオの理解など、実務に直結する内容を体系的に学べます。
これらの学習内容は、初回の SBT 設定に向けた企業だけでなく、既存の目標の更新や 5 年レビューに備えたい企業にとっても、有用な知識基盤となります。
SBTi Certified Experts Hub — 高度な専門性を備えた個人のための認定プログラム
Certified Experts Hub は、science-based targets に関する専門的な知識と実務経験を備え、より高度な能力を証明したい個人に向けたハブです。
SBTi Certified Expert の認定は、単なる学習修了ではなく、実務レベルで複雑な要件を理解し、企業を支援する能力を備えていることを示す公式の資格制度です。
認定の評価項目(7セクション)
- GHG inventory creation
- Selecting the correct guidance
- Identifying target types
- Modeling targets
- Completing submission questions
- Answering validation questions
- Post-validation requirements
認定プラン
- Standard Certification
- Premium Certification(個別相談付)
Premium には個別相談の時間が含まれるため、学習内容や試験準備について直接アドバイスを受けたい方に適しています。
合格者にはデジタル証明書とバッジが付与され、SBTi の認定エキスパート登録簿に掲載されます。
3. 認定プロセス — どのように Certified Expert になるのか
SBTi Certified Expert になるためには、まず SBTi Academy による体系的な学習を通じて、science-based targets の構造や基準を正しく理解しておくことが不可欠です。第2章で述べたように、Academy は Onboarding Hub、Practitioner’s Hub、Certified Experts Hub の 3 つで構成されており、受講者は自分の理解度に応じて段階的に知識を深めることができます。なかでも Certified Expert を目指す場合には、Corporate Near-Term Criteria や Net-Zero Standard の理解を実務レベルで定着させる必要があります。
認定プロセスの中心となるのが、SBTi が実施する評価試験です。この試験は、Corporate Near-Term Criteria Version 5.3 および Corporate Net-Zero Standard Version 1.3 の双方に関する理解を問うもので、単なる知識の暗記ではなく、基準の背景にある考え方や実務上の判断力を含めて評価されます。具体的には、GHG インベントリの扱い方や適用すべきガイダンスの選択、目標タイプの識別、削減経路のモデリング、申請フォームの回答方法、検証時の論点整理など、7 つのセクションで構成されています。
合格者には e-certificate(電子証明書)と digital badge(デジタルバッジ)が付与され、SBTi が公式に認めた専門家として “Certified Experts Register” に掲載されます。これにより、企業やクライアントはその専門家が SBT に関する高度な能力を有していることを確認できるようになります。
認定には有効期限があり、期限後には再認定が必要です。SBT の基準や標準(criteria / standards)は科学の進展に合わせて更新され続けているため、専門家が常に最新の内容を理解していることが求められています。この仕組みにより、SBTi Certified Expert が企業に提供する助言の質が継続的に担保される仕組みになっています。
4. Certified Experts Register の公開とその意義
SBTi は 2025 年 10 月、初めて “Certified Experts Register”(認定エキスパート登録簿)を公開しました。これは、SBTi Certified Expert の専門性を公式に証明し、企業が信頼できる個人専門家にアクセスできるようにするための重要な透明化の取り組みです。登録簿には、認定者の名前、所属、国、理解している基準のバージョン、認定の有効期限など、必要な情報が整理された形で掲載され、専門家の能力が可視化される仕組みになっています。
この登録簿の公開は、企業にとって大きな意味を持ちます。SBT の策定や更新は高度な専門知識を要するプロセスであり、特に Corporate Near-Term Criteria Version 5.3 や Corporate Net-Zero Standard Version 1.3 といった、複雑かつ技術的な要件を読み解くには実務経験が欠かせません。企業は登録簿を活用することで、SBTi が公式に認めた専門家を確認し、自社の目標策定や更新のパートナーとして適切な人材を選ぶことができます。
2025 年 11 月末時点で登録簿には 63 名の専門家が掲載されており、その所属企業や地域はヨーロッパ、北米、アジア、南米など多岐にわたっています。Arup、EY、Quantis、Anthesis、ClimeCo、WSP、KPMG など国際的に活動する企業の専門家も多く含まれており、science-based targets に対する世界的なニーズの高さを示しています。また、Corporate Near-Term Criteria Version 5.3 と Corporate Net-Zero Standard Version 1.3 を深く理解し、実務で適用できる能力を有する個人のみが掲載されるため、登録簿は SBT の質を担保する重要なインフラとなっています。
一方、日本国内では登録簿に掲載されている認定エキスパートは極めて少なく、2025 年 11 月時点でわずか 2 名にとどまります。日本は SBT 検証済み企業数が世界最多である一方、専門家の数は依然として限られており、多くの企業が高度な支援を必要としている状況が続いています。このことから、日本において SBTi Certified Expert の存在はとりわけ重要であり、今後の企業の脱炭素戦略を支える貴重なリソースとして期待されています。
5. 認定取得の利点と企業への価値
SBTi Certified Expert を活用するメリットは、単に “基準に詳しい担当者が関わる” というレベルにとどまりません。SBT の申請や更新は、科学的根拠に基づく厳密な判断が求められるため、専門家の関与は企業の気候アクション全体の質を大きく左右します。
認定エキスパートは、Corporate Near-Term Criteria Version 5.3 や Corporate Net-Zero Standard Version 1.3 の要求事項を理解するだけでなく、それらを企業の排出構造や事業戦略に照らし合わせて適切な目標に落とし込む専門性を持ちます。これにより、企業は基準適合の精度を高めながら、効果的かつ実現可能な目標を設定できるようになります。
さらに、SBT の申請プロセスは細かな判断が必要な場面が多く、排出量算定の境界設定やスコープの整理、再計算ポリシーの適用、削減シナリオの選択など、多様な意思決定を伴います。認定エキスパートが関与することで、これらの判断を一貫した基準に基づき整理し、企業内部での理解統一にもつながります。
また、投資家、金融機関、顧客企業といったステークホルダーは、企業の気候コミットメントに対して高い透明性と説明責任を求めるようになっています。認定エキスパートが関わることは、こうしたステークホルダーに対して「科学的根拠に基づく説明力」を示す大きな後押しとなります。特に、国際的なサプライチェーンを持つ企業は、気候関連情報の信頼性が直接評価に影響する場面も増えており、認定エキスパートの関与は競争力向上の一因にもなります。 SBT は一度設定すれば終わりではなく、基準の更新や 5 年レビューに合わせて継続的に改善していく必要があります。その意味でも、認定エキスパートと長期的に関わることは、企業の脱炭素経営を安定的に推進するうえで大きな価値を持つと言えるでしょう。
6. 結論 — SBTi 認定制度がもたらす価値と日本企業へのメッセージ
SBTi Certified Expert 制度は、企業が科学的根拠に基づく目標を正しく理解し、適切に設計し、継続的に更新していくための重要な仕組みとして確立されました。認定エキスパートは、SBT の複雑な基準や標準を読み解き、実務に適用できる能力を備えていることが公式に認められた専門家であり、企業が SBT の品質を高いレベルで維持するための欠かせない存在です。
特に日本は、SBT 検証済み企業数が世界最多であり、多くの企業が脱炭素経営に積極的に取り組む一方で、認定エキスパートの数はごく少数に限られています。今後、SBT の 5 年レビュー制度が義務化され、基準更新も続くなかで、企業はこれまで以上に正確で専門的な判断を求められる場面が増えていくことが予想されます。その意味でも、SBTi Certified Expert の支援は日本企業にとってますます重要な価値を持つようになるでしょう。
ウェイストボックスには認定エキスパートが在籍しており、
・初回の SBT 設定
・5 年レビューに向けた準備
・目標更新(target update)
・基準適合のチェック
・排出量データの整理
・社内理解の醸成
など、企業が抱えるさまざまなニーズに応じたサポートが可能です。 SBT の策定や更新に関してお困りごとがありましたら、どうぞ気軽にご相談ください。企業の気候アクションを確かなものにするため、専門的な知見をもって伴走いたします。
出典
SBTi Academy – Science Based Targets Initiative
SBTi Academy Pricing and Discounts
https://sbtiservices.com/services/certification

