Scope3やPCFにおいて一次データを用いた排出量算定が求められる理由と、その実務的メリットを解説します。二次データとの違いや、削減・開示・規制対応への影響を整理します。
最終更新日:2026年3月9日
・Scope3算定を行っているが、二次データ中心で限界を感じている方
・SBTや移行計画と排出量算定がうまく結びついていない方
・サプライヤーから一次データを求める意義を社内外に説明したい方
導入
「Scope3排出量の大半は把握できているはずなのに、削減につながっている実感がない」。
排出量算定の現場で、こうした声を聞く機会が増えています。その背景には、業界平均などの二次データに依存した算定の限界があります。数字は出るものの、どこをどう変えれば排出が減るのかが見えにくい。結果として、目標や移行計画と算定結果が乖離してしまうのです。
こうした課題を受け、近年は一次データを活用した排出量算定が国際的にも国内的にも重視されるようになっています。本記事では、なぜ一次データが求められているのか、その背景と実務的なメリットを整理し、「削減につながるScope3算定」へのヒントを提供します。
なぜ今、一次データが求められているのか
概要
一次データ活用が注目される背景には、Scope3比率の大きさ、規制・開示要請の高度化、そして削減行動との断絶という課題があります。二次データでは対応しきれない局面が明確になっています。
- 多くの企業でScope3が排出量の大半を占める
- 業界平均では実態と乖離するケースが顕在化
- 規制・投資家が「データの質」を重視 ・削減につながらない算定への反省
Scope3算定が「数字合わせ」になってしまう理由
多くの企業では、Scope3排出量が全体の大半(7〜9割程度)を占めるケースが一般的です。にもかかわらず、その算定方法は「活動量×業界平均原単位」というシンプルな方式に留まっていることが少なくありません。
この方法の利点は、比較的容易に全体像を把握できる点です。一方で、調達先が変わっても、技術が改善されても、算定結果がほとんど変わらないという問題があります。実務を経験すると、「これでは削減努力が反映されない」と感じる瞬間が必ず訪れます。
結果として、算定は“報告のための作業”になり、削減戦略や調達判断と切り離されてしまうのです。
- 二次データは初期把握には有効
- 削減管理には構造的に不向き
- 「なぜ減らないのか」を説明しにくい
規制・開示が求めるのは「説明できる排出量」
ISSBや欧州ESRSなどの新しい開示基準では、単に排出量を出すだけでなく、「どのようなデータに基づいて算定しているのか」「どの程度、企業固有のデータを用いているのか」といった説明が、実質的に求められるようになっています。これは、排出量が将来の財務リスクや投資判断に直結する情報と位置づけられているためです。裏付けのない業界平均依存の数値は、信頼性の面で疑問視されやすくなっています。
一次データは、その企業固有の排出構造を説明できる材料として、開示の質を高める役割を果たします。
- 開示は「量」から「質」へ
- 一次データ比率が信頼性指標に
- グリーンウォッシュ回避にも有効
一次データとは何か、二次データと何が違うのか
概要
一次データとは、特定のサプライヤーや製品に紐づいた排出量データです。業界平均である二次データと異なり、個別の実態を反映できます。
- 一次データ=特定活動に基づくデータ
- 二次データ=統計・業界平均値
- 粒度とトレーサビリティが決定的に異なる
一次データの定義と具体例
GHGプロトコルでは、一次データを「企業バリューチェーン内の特定の活動に基づくデータ」と定義しています。具体的には、サプライヤーが算定した製品単位の排出量(PCF)や、組織単位のScope1・2・3排出量などが該当します。
重要なのは、「完全に実測でなければ一次データではない」という誤解をしないことです。サプライヤー側で一部二次データを使っていても、特定の取引に紐づいていれば一次データとして扱われます。
- 実測=一次データではない
- 取引への紐づきが本質
- 完璧さより特定性を重視
二次データの限界が顕在化する場面
二次データは、平均的な排出構造を把握するには便利です。しかし、低炭素技術を導入したサプライヤーと、そうでないサプライヤーを区別できません。
調達先を変えても排出量が変わらない、という経験をした実務者も多いはずです。これが、削減インセンティブを弱める最大の要因になります。
- 改善努力が反映されない
- サプライヤー選定に使えない
- 中長期管理には不向き
一次データ活用の最大の価値は「削減につながる」こと
概要
一次データの価値は、単なる算定精度の向上にとどまりません。削減機会の特定や優先順位付けを可能にする点に、実務的な意義があります。
- ホットスポットの可視化
- 削減施策のターゲティング
- コスト効率の向上
ホットスポットが具体的に見える
一次データを使うと、同じ品目でもサプライヤーごとの差が明確になります。「どこが一番排出しているか」だけでなく、「なぜ多いのか」まで掘り下げられるようになります。
これにより、再エネ導入や工程改善といった施策を、最も効果の高い領域に集中できます。
- サプライヤー別に比較可能
- 技術・プロセス単位で議論できる
- 削減ROIが見える
削減行動と算定結果が結びつく
一次データは、削減努力が数字に反映されます。この「反映される感覚」が、社内外のモチベーションを大きく変えます。
算定が単なる報告作業から、マネジメントツールへと進化する瞬間です。
- 進捗管理が可能
- SBTとの整合性が高まる
- 現場の納得感が増す
サプライヤーエンゲージメントと競争力への影響
概要
一次データ収集は、単なるデータ回収ではなく、サプライヤーとの関係性を変える取り組みです。
- 協働関係の強化
- 低炭素サプライヤーの評価 ・調達競争力への影響
- 調達競争力への影響
データ収集が対話のきっかけになる
一次データを依頼すると、必ず質問や議論が生まれます。このプロセス自体が、サプライヤーの能力構築につながります。
「なぜ必要なのか」「どう使うのか」を説明することで、脱炭素が取引条件の一部として認識されていきます。
- 一方的な依頼にしない
- 目的を丁寧に共有 ・小さく始める
- 小さく始める
一次データは競争力の証明になる
特に欧州を中心に、低炭素性能を条件とする調達要件が増えつつあります。製品や部材ごとの排出原単位を提示できるサプライヤーは、選ばれやすくなります。一次データは、価格や品質に並ぶ新たな競争軸になりつつあります。
- 調達判断に活用可能
- 長期契約の根拠になる
- 低炭素戦略と連動
実務で押さえるべき限界と優先順位
概要
一次データは万能ではありません。現実的な優先順位付けが不可欠です。
- 全量一次データは非現実的
- 排出寄与の大きい領域から ・ハイブリッド設計が現実解
- ハイブリッド設計が現実解
どこから一次データを集めるべきか
排出量が大きいカテゴリ、主要サプライヤー、重点製品。この3点で優先順位を付けるのが実務的です。
残りは高品質な二次データを併用し、段階的に一次データ比率を高めていくのが現実解です。
- 80/20の発想
- 無理に網羅しない ・継続性を重視
- 継続性を重視
「完璧」を目指さないことの重要性
一次データ活用は、始めること自体に価値があります。最初から高品質を求めすぎると、前に進めなくなります。
まずは使い、改善し、説明できる状態を作る。それが実務では重要です。
- 初年度は試行と割り切る
- 改善前提で運用
- 社内合意を重視
参考文献
[1]GHG Protocol Corporate Value Chain (Scope 3) Accounting and Reporting Standard
[2]GHG Protocol Technical Guidance for Calculating Scope 3 Emissions
[3]IFRS Sustainability Disclosure Standards(IFRS S2)
[4]ESRS E1 Climate Change
[5]SSBJ 気候関連開示基準
[6]WBCSD Pathfinder Framework(Product Carbon Footprint)

