同じ会社の同じ年度の排出量を出したはずなのに、国へのSHK報告値と、CDPやSBTのために算定したGHGプロトコルの値が一致しない——実務ではこうした「数値のずれ」が珍しくありません。これは算定ミスではなく、2つの仕組みが異なる目的と構造を持つために生じる、説明可能な違いです。本記事では、両者の違いを目的・組織境界・算定範囲・排出係数の観点から整理し、国内報告と国際開示を両立させる実務を示します。
監修者:株式会社ウェイストボックス 木塚晴久(環境ソリューション第1事業部 部長)
最終更新日:2026年6月20日
この記事を読んで欲しい人
- 国内のSHK報告と、CDP・SBT等の国際開示の両方を担当する実務者
- SHK制度とGHGプロトコルで排出量が一致せず、その理由を整理したい方
- GHGプロトコルの組織境界(出資比率・支配力)やScopeの考え方を基礎から確認したい方
- 令和7年度報告でのSHK制度の変更が国際基準とどう関係するか知りたい方
- 国内報告と国際開示を、無駄なく両立させる進め方を探している方
目次
- SHK制度とGHGプロトコル――成り立ちと目的の違い
- GHGプロトコルの構造――組織境界・Scope・5つの算定原則
- SHK制度の構造――温対法に基づく算定・報告
- なぜ同じ会社でも数値がずれるのか
- 国内報告と国際開示の使い分けと併用
- よくある質問(FAQ)
- まとめ
- 参考資料
1. SHK制度とGHGプロトコル――成り立ちと目的の違い
SHK制度とGHGプロトコルは、どちらも温室効果ガスの排出量を定量化する仕組みですが、その出発点はまったく異なります。一方は国内法に基づく報告の義務、もう一方は国際的な自主基準です。この成り立ちの違いが、後で述べる算定値のずれや使い分けの根っこにあります(図1)。
図1 SHK制度とGHGプロトコルの基本的な違い
SHK制度は、正式には「温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度」といい、地球温暖化対策の推進に関する法律(温対法)に基づく国内の法定制度です。改正温対法に基づき2006年(平成18年)4月1日から、温室効果ガスを多量に排出する事業者(特定排出者)に、自らの排出量を算定して国に報告することが義務づけられ、国が報告された情報を集計・公表します。目的は、各事業者が自らの排出量を把握して削減対策につなげること、そして国が実態を集計・公表することで社会全体の取り組みを促すことにあります。なお温対法は2024年(令和6年)6月19日に改正法が公布され、2025年(令和7年)4月1日に施行されています(環境省 脱炭素ポータル「地球温暖化対策推進法の概要と令和6年改正について」)。
一方のGHGプロトコルは、WRI(世界資源研究所)とWBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)が策定した国際的な算定基準です。2001年に初版、2004年に改訂版(A Corporate Accounting and Reporting Standard)が公表され、2015年にはScope 2 Guidanceが追加されました。法的拘束力はなく、企業や自治体、投資家などが任意で活用することを前提とした基準です。最大の特徴は、世界共通の枠組みで排出量を算定・開示することで、企業間・国際間の比較可能性を高める点にあります。CDP、SBT、ISSB(IFRS S2)といった開示・目標設定の枠組みは、排出量の算定にGHGプロトコルの考え方を広く参照しています。TCFDは排出量の算定基準ではなく、気候関連財務情報を「ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標」の4つの柱で開示するための提言として位置づけられます。
つまり、SHK制度は「国内法に基づく報告義務」、GHGプロトコルは「グローバルな比較可能性を目的とした自主基準」です。どちらかが優れているという関係ではなく、用途が異なる仕組みだと理解することが、両者を扱う出発点になります。なお、令和7年度報告(令和6年度実績)からSHK制度には算定方法の見直しが入り、国際基準との整合性が一段と高まりました。その個別の変更点は本記事の後半でも触れますが、実務的な詳細は媒体内の記事「SHK制度とは?令和7年度報告(令和6年度実績)の変更点とGHGプロトコル・Jクレジットの関係を実務解説」で整理しています。
2. GHGプロトコルの構造――組織境界・Scope・5つの算定原則
両者の違いを正確につかむには、まずGHGプロトコルの骨組みを押さえておくと見通しがよくなります。GHGプロトコルは大きく、「どの組織の排出を算入するか(組織境界)」「どの排出を算入するか(Scope)」「どう算定・報告するか(算定原則)」の3つの要素で構成されています。
組織境界――出資比率基準と支配力基準
組織境界(organizational boundaries)とは、グループ会社や共同出資事業のうち、どこまでを自社の排出として算入するかを決める考え方です。GHGプロトコルは、排出量を連結する基準として「出資比率基準(equity share approach)」と「支配力基準(control approach)」の2つを示し、いずれかを選んで一貫して適用するよう求めています(図2)。
図2 GHGプロトコルの組織境界(連結の基準)
出資比率基準は、対象となる事業からの排出量を、その事業に対する持分割合(経済的な権利の程度)に応じて算入する考え方です。これに対し支配力基準は、支配下にある事業からの排出量を100%算入し、持分はあっても支配力を持たない事業の排出は算入しません。支配力は、財務支配力か経営支配力のいずれかの観点から定義されます。完全所有の事業だけであればどちらの基準でも結果は同じですが、共同出資事業を持つ場合は、選ぶ基準によって算入される排出量が変わります。この「連結範囲の選び方」が、後述する数値のずれを生む一因です。
Scope――直接排出と間接排出を3つに分ける
次に事業境界として、排出を直接排出と間接排出に分け、Scope 1・2・3の3区分に整理します(図3)。Scope 1は、自社が所有・管理する排出源からの直接排出で、燃料の燃焼や工程からの排出が該当します。Scope 2は、購入した電力・熱・蒸気の使用に伴う間接排出です。Scope 3は、それ以外のあらゆる間接排出を扱う任意のカテゴリーで、原材料の調達から製品の使用・廃棄まで、バリューチェーン全体を15の区分でとらえます。各Scopeの詳細は、媒体内の「Scope1とは?」、「Scope2とは?」、「Scope3とは?」でそれぞれ解説しています。
図3 GHGプロトコルの算定範囲(Scope1・2・3)と5つの算定原則
5つの算定原則と基準年
GHGプロトコルは、インベントリ(排出量目録)が信頼に足るものとなるよう、5つの算定原則を置いています。目的適合性(Relevance)、完全性(Completeness)、一貫性(Consistency)、透明性(Transparency)、正確性(Accuracy)の5つです。なかでも一貫性は、経年比較を意味あるものにするための原則で、基準年(base year)の設定と結びついています。組織再編や算定方法の変更があった場合は基準年の排出量を調整し、過去と現在を同じ土俵で比べられるようにします。これらの原則は、国際的な開示において第三者が検証できるインベントリを支える前提となります。
3. SHK制度の構造――温対法に基づく算定・報告
SHK制度は、温対法という国内法を根拠に、特定排出者に算定・報告を義務づける制度です。環境省の制度概要によれば、対象となるのはエネルギー使用量や排出量が一定規模以上の事業者です。たとえばエネルギー起源CO₂については、全事業所のエネルギー使用量の合計が原油換算で年1,500キロリットル以上の事業者(特定事業所排出者)が対象となります。非エネルギー起源CO₂やその他のガスについては、ガスごとにCO₂換算で年3,000トン以上を排出し、かつ常時使用する従業員が21人以上の事業者などが対象です。
対象となる温室効果ガスは、CO₂(エネルギー起源・非エネルギー起源)、メタン(CH₄)、一酸化二窒素(N₂O)、ハイドロフルオロカーボン類(HFCs)、パーフルオロカーボン類(PFCs)、六ふっ化硫黄(SF₆)、三ふっ化窒素(NF₃)の7種類です。算定は「温室効果ガス排出量=活動量×排出係数」を基本とし、ガスごとに算定した排出量に地球温暖化係数(GWP)を掛けてCO₂に換算します。環境省・経済産業省が公表する「算定・報告・公表制度における算定方法・排出係数一覧」では、GWPとしてCO₂を1、メタンを28、一酸化二窒素を265とするなど、ガスごとの係数が定められています。報告には罰則も伴い、報告をしなかったり虚偽の報告をしたりした場合には20万円以下の過料が科されます。
SHK制度の算定は、基礎排出量と調整後排出量の二段構成で行われる点も特徴です。基礎排出量は事業活動に伴う排出量、調整後排出量は基礎排出量に再エネ証書やクレジットなどの環境価値を反映して補正した値です。さらに令和7年度報告(令和6年度実績)からは、国際基準との整合を高める見直しが入りました。環境省 脱炭素ポータルの解説によれば、主な変更点は、エネルギー起源CO₂を直接排出(燃料の使用)と間接排出(購入した電気・熱の使用)に区分して報告すること、他人から供給された電気・熱の基礎排出量に環境価値を反映した「基礎排出係数(非化石電源調整済)」を用いること、そしてカーボンリサイクル燃料(CCU)の取扱いを新設したことです。直接排出と間接排出を分ける考え方は、GHGプロトコルのScope 1・Scope 2に近づくものといえます。これらの変更点の実務的な詳細は、媒体内の記事「SHK制度とは?令和7年度報告…」を参照ください。なお、再エネ証書やクレジットの扱いの違いは、媒体内の記事「カーボンクレジットと再エネ証書の違い」で詳しく整理しています。
4. なぜ同じ会社でも数値がずれるのか
ここまでの構造を踏まえると、冒頭で触れた「同じ会社なのに数値が一致しない」という現象の理由が見えてきます。ずれを生む要因は、大きく3つに整理できます(図4)。
図4 同じ会社でも算定値がずれる3つの要因
第一は、組織境界です。GHGプロトコルは出資比率基準か支配力基準で連結する範囲を選びます。海外子会社や共同出資事業をどこまで含めるか、持分で按分するかが、選んだ基準によって変わります。一方SHK制度は、温対法に基づき事業者単位・事業所単位で国内の事業を中心に報告します。連結の考え方そのものが異なるため、そもそも対象とする組織の範囲がそろいません。
第二は、算定範囲です。SHK制度はScope 1・2に相当する排出が中心で、Scope 3(バリューチェーン排出)の報告は任意です。これに対しGHGプロトコルでは、Corporate StandardにおいてScope 1・2が算定の中核で、Scope 3(バリューチェーン排出)は任意とされています。ただしCDP・SBTi・ISSB(IFRS S2)など、GHGプロトコルを参照する開示・目標設定の枠組みでは、重要性に応じてScope 3まで求められる場面が多くなっています。Scope 3を含めるかどうかで、報告される総量は大きく変わります。
第三は、排出係数とGWPです。SHK制度は、基礎排出係数(非化石電源調整済)など国内制度が定める係数を用い、GWPも制度が定める値を使います。GHGプロトコルでは、とくに電力由来のScope 2について、電力系統の平均係数を用いるロケーション基準と、契約や証書を反映するマーケット基準の2つの算定方法があり、用いる係数や報告方法が異なります。同じ電力使用でも、どの係数・方法を採るかで結果が変わります。Scope 2の算定方法の詳細は、媒体内の「Scope2とは?」で解説しています。
これら3つの要因が重なるため、SHK報告値とGHGプロトコルに基づく算定値は一致しないのが通常です。重ねて言えば、これは算定の誤りではなく、目的と構造の違いに由来する説明可能な差です。大切なのは、差が出ること自体ではなく、なぜ差が出るのかを説明できる状態にしておくことです。
5. 国内報告と国際開示の使い分けと併用
では実務では両者をどう扱えばよいのでしょうか。基本は、目的に応じた使い分けです。国内での法令遵守や公式報告にはSHK制度への対応が不可欠であり、グローバルな情報開示や脱炭素戦略の策定(CDP・SBT・ISSB等)にはGHGプロトコルに基づく算定が求められます。多くの企業は、この両方を並行して進めることになります。
現実的な進め方は、算定の土台を一本化することです(図5)。活動量・燃料・電力といった一次的なデータを共通の基盤として整え、そこからSHK報告(基礎排出量・調整後排出量)と、GHGプロトコルに基づく開示(Scope 1・2・3)の双方を導きます。そのうえで、組織境界・算定範囲・排出係数の違いを算定方針として記録し、社内外に説明できるようにしておきます。数値が異なっても、どの前提に基づく数字かを示せれば、開示の信頼性はむしろ高まります。
図5 国内報告と国際開示を一つの算定基盤で両立する
国も両者の整合性を意識しています。環境省の算定方法検討会では、「GHGプロトコルと整合した算定への換算方法について(案)」(令和4年9月)として、SHK制度の値とGHGプロトコルの考え方をどう橋渡しするかが議論されてきました。さらに、令和7年度報告からの直接排出・間接排出の区分や、基礎排出係数(非化石電源調整済)の導入によって、SHK制度はGHGプロトコルのScope 1・2やマーケット基準の考え方に一段近づきました。ただし、対象ガスの範囲や算定式などには相違点も残るため、完全に一致するわけではありません。両者の違いを記録し、いつでも説明できる状態を保っておくことが、国内報告と国際開示を二重に行う際の手戻りを防ぐ、実務上の基本となります。
6. よくある質問(FAQ)
質問:SHK制度とGHGプロトコルで排出量が一致しません。問題でしょうか。
回答:目的・組織境界・算定範囲・排出係数が異なるため、数値の差は自然に生じます。算定ミスではありません。重要なのは、両者の算定方針の違いを明記し、社内外への説明に使えるよう記録・保管しておくことです。
質問:SHK制度の直接排出・間接排出は、GHGプロトコルのScope 1・Scope 2と同じですか。
回答:考え方は近いものの、完全一致ではありません。活動量×排出係数を基本とする点は共通しますが、対象ガスの範囲や算定式などに相違点があります。環境省も両者の換算方法を別途整理しており、「概ね対応するが同一ではない」と理解するのが適切です。
質問:GHGプロトコルの組織境界は、どちらの基準を選べばよいですか。
回答:出資比率基準と支配力基準(財務支配力/経営支配力)から選びます。完全所有の事業だけなら結果は同じですが、共同出資事業があると基準によって算入範囲が変わります。一度選んだ基準を一貫して適用することが原則です。自社の連結の実態に合わせ、経理・法務とも相談して決めるとよいでしょう。
質問:Scope 3も算定しなければなりませんか。
回答:SHK制度ではScope 3(バリューチェーン排出)の報告は任意です。GHGプロトコルのCorporate Standard自体でもScope 3は任意ですが、CDP・SBTi・ISSB(IFRS S2)などの開示・目標設定では、重要性や制度要件に応じてScope 3の算定・開示が求められる場面が増えています。国内報告だけならScope 1・2が中心ですが、国際開示を見据えるなら、早めにScope 3の算定体制を整えておくと移行がスムーズです。
質問:令和7年度報告でSHK制度は何が変わりましたか。
回答:直接排出と間接排出の区分報告、基礎排出係数(非化石電源調整済)の導入、カーボンリサイクル燃料(CCU)の取扱い新設などが行われ、国際基準との整合性が高まりました。変更点の実務的な詳細は、媒体内の記事「SHK制度とは?令和7年度報告…」で解説しています。
まとめ
SHK制度は温対法に基づく国内の法定報告制度、GHGプロトコルは国際的な自主基準であり、目的も構造も異なります。両者で排出量が一致しないのは、組織境界・算定範囲・排出係数という3つの要因が重なるためで、これは誤りではなく説明可能な違いです。
国内報告と国際開示を両立させる現実解は、活動量データという共通の基盤を整え、そこから両方を導いたうえで、差異を記録して説明できるようにしておくことです。令和7年度の改正でSHK制度は国際基準に一歩近づきましたが、完全に一致するわけではありません。だからこそ、違いの理由を説明できる状態を保つことが、二重対応の手戻りを防ぐ最も確実な備えになります。
(執筆者:木塚)
なお、SHK制度の算定・報告方法はその後も見直しが続いています。令和9年度報告(令和8年度実績)からは、森林等の炭素蓄積変化量の算定・報告が導入される予定です。最新の変更点は環境省の算定方法検討会の資料で確認してください。また、SSBJ対応では、2026年6月に公表された実務対応基準第1号(温対法のSHK制度の方法で測定・報告する温室効果ガス排出を用いて気候基準に従う場合の開示)も確認が必要です。
参考資料
- 環境省「温室効果ガス排出量 算定・報告・公表制度(SHK制度)」制度概要:https://policies.env.go.jp/earth/ghg-santeikohyo/about.html
- 環境省「算定・報告・公表制度における算定方法・排出係数一覧」:https://policies.env.go.jp/earth/ghg-santeikohyo/calc.html
- 環境省「温室効果ガス排出量 算定・報告・公表制度」算定方法検討会(「GHGプロトコルと整合した算定への換算方法について(案)」令和4年9月 ほか):https://policies.env.go.jp/earth/ghg-santeikohyo/study.html
- 環境省 脱炭素ポータル「【SHK制度】令和7年度報告に向けた報告項目の変更点と留意事項について」(2025年7月):https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/topics/20250722-topic-74.html
- 環境省 脱炭素ポータル「地球温暖化対策推進法の概要と令和6年改正について」(2025年4月):https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/topics/20250425-topic-71.html
- GHG Protocol「A Corporate Accounting and Reporting Standard(改訂版)」(WRI/WBCSD、2004年。2015年にScope 2 Guidanceを追加):https://ghgprotocol.org/corporate-standard
- 媒体内:SHK制度とは?令和7年度報告(令和6年度実績)の変更点とGHGプロトコル・Jクレジットの関係を実務解説
- 媒体内:カーボンクレジットと再エネ証書の違い
- 媒体内:Scope1(スコープ1)とは? / Scope2(スコープ2)とは? / Scope3(スコープ3)とは?


