TCFDシナリオ分析で頻出するRCPシナリオとIEAのNZE2050について、IPCC AR6やIEA WEOとの関係を実務目線で整理します。移行リスクと物理リスクの使い分けに悩む担当者向けの解説記事です。
最終更新日:2026年3月9日
・TCFDシナリオ分析を担当しているが、RCPやNZE2050の違いをうまく説明できない
・IPCC AR6やIEA WEOとの関係性が曖昧なまま分析を進めている
・「1.5℃シナリオ」をどう選べばよいか実務で迷っている
導入
TCFD対応のシナリオ分析を進めていると、必ずと言っていいほど登場するのが「RCPシナリオ」や「NZE2050シナリオ」です。しかし実務の現場では、「どちらも1.5℃目標の話ではあるが、何がどう違うのか」「IPCCとIEAのシナリオをなぜ両方使うのか」といった疑問が解消されないまま分析が進んでいるケースも少なくありません。本記事では、TCFD実務で頻繁に使われるRCPシナリオとIEAのNZE2050シナリオについて、IPCC AR6・IEA WEOとの関係を整理しながら、「なぜこの組み合わせが標準になっているのか」「どう使い分ければよいのか」を分かりやすく解説します。読み終えた頃には、自社のシナリオ設計を自信をもって説明できるようになるはずです。
RCPシナリオとは何か―TCFD物理リスク分析の出発点
概要
RCPシナリオは、将来の温室効果ガス濃度と放射強制力の水準がどのように推移するかを示した気候シナリオです。TCFDでは、主に物理リスク評価における気候条件の前提として用いられてきました。
- IPCC第5次評価報告書(AR5)で導入された気候シナリオ群
- 2100年頃の放射強制力(W/m²)水準によって将来像を区分
- 社会経済の物語を明示する枠組みではなく、放射強制力(濃度)経路を気候モデルへ入力することを主目的としたシナリオ
RCPは「気温上昇の前提となる放射強制力の経路」を示す
RCP(Representative Concentration Pathways)は、将来の温室効果ガス濃度および放射強制力がどのような経路をたどるかを示すシナリオです。
代表的なものとして、RCP2.6、RCP4.5、RCP6.0、RCP8.5が知られています。
RCPはしばしば「○℃シナリオ」と説明されることがありますが、厳密には気温そのものを直接規定するシナリオではありません。
まず放射強制力(濃度)の経路を設定し、その結果として、気温上昇や降水量変化、極端気象の頻度などが気候モデルによって推計される、という位置づけです。
RCPの重要な特徴は、「どの政策を取るか」「経済がどう成長するか」「技術がどう進歩するか」といった社会経済の前提を物語として明示していない点にあります。
これは「社会経済を一切含まない」という意味ではなく、
- さまざまな社会経済条件の結果として到達しうる放射強制力水準を代表させたもの
- 主目的は、気候モデルに入力するための濃度・放射強制力の経路を提供すること
という設計思想に基づいています。
そのため、RCP単独では「なぜその排出経路になったのか」「どのような政策や行動変化が必要なのか」を説明することには向いていません。
TCFD実務において、RCPは物理リスク分析の前提条件として非常に扱いやすいシナリオでした。
気温上昇、降水量変化、猛暑や洪水といった物理的な気候影響を評価するためには、まず濃度・放射強制力の水準を置く必要があるからです。
また、RCPは世界中の気候モデルで広く利用されてきたため、地域別・指標別の気候データが豊富に整備されているという実務上の利点もあります。
- RCPは「政策シナリオ」や「経済シナリオ」ではない
- 放射強制力(濃度)経路を与える気候モデル入力用の枠組み
- 物理リスク評価には適しているが、企業行動や戦略議論には単独では使いにくい
RCP2.6とRCP8.5がよく使われる理由
TCFDでよく見かけるのは、RCP2.6とRCP8.5の組み合わせです。RCP2.6は強力な緩和が進んだ低位温シナリオ、RCP8.5は対策が進まなかった高位温シナリオとして、温度レンジの両端を示す役割を担っています。
実務では「最悪ケースを含めて物理リスクを把握する」という文脈でRCP8.5が選ばれることが多く、一方で、低位温(2℃未満)ケースの代表例としてRCP2.6が使われてきました。
- 温度レンジを示すために両極端を採用
- リスクの幅を説明しやすい
- 単一シナリオに依存しない設計が重要
IPCC AR6で何が変わったのか―SSP(社会経済)と放射強制力を組み合わせた考え方
概要
IPCC第6次評価報告書(AR6)では、RCP単独ではなくSSPと組み合わせたSSP-RCPが標準となりました。
- 社会経済前提(SSP)を明示
- 1.5℃整合のSSP1-1.9が登場
- TCFD実務での使い方が整理された
SSPとは何か――RCPに「社会」を足す
SSP(Shared Socioeconomic Pathways)は、人口動態、経済成長、技術進歩、国際協調の度合いなど、社会経済の前提条件を示すシナリオです。AR6では、主要な将来シナリオは SSPx–y(例:SSP1-1.9) の表記が標準で、前半が社会経済経路(SSP)、後半が2100年頃の概算放射強制力(W/m²)を示します。AR6では、このSSPとRCPを組み合わせることで、「どんな社会で、どの程度温暖化が進むのか」を同時に描けるようになりました。
例えばSSP1は「持続可能な世界」、SSP3は「分断された世界」といった具合に、政策や国際協調の度合いが異なります。
- SSPは社会・経済の前提条件
- RCPだけでは説明できない背景を補完
- シナリオの物語性が高まる
SSP1-1.9と1.5℃目標の位置づけ
AR6で特に注目されるのがSSP1-1.9です。これは、持続可能な社会(SSP1)を前提に、放射強制力1.9W/m²という非常に低い水準を実現する、1.5℃に整合的とされる代表ケースです。
TCFDの物理リスク分析では、SSP1-1.9やSSP1-2.6を低位温ケースとして、SSP5-8.5などを高位温ケースとして用いる構成が一般化しています。
- 1.5℃分析にはSSP1-1.9が基準
- RCP単独より説明しやすい
- 温度目標との整合性を示しやすい
NZE2050とは何か―IEAが示す“ネットゼロ到達”のエネルギー転換シナリオ(1.5℃目標に整合的な射程)
概要
NZE2050は、IEAが提示する2050年ネットゼロを実現するためのエネルギーシステム転換シナリオです。
- 規範的(normative)シナリオ
- エネルギー需給・技術・投資を具体化
- 移行リスク分析の定番
NZE2050は「どうやって」1.5℃に行くかを描く
IPCCのシナリオが「どの程度削減が必要か」を示すのに対し、IEAのNZE2050は「それをどう実現するか」を描きます。再生可能エネルギーの導入量、化石燃料需要の減少、炭素価格、水素やCCUSの役割などが詳細に示されている点が特徴です。
企業にとっては、売上構造や投資計画に落とし込みやすい実務的なシナリオと言えます。
- 政策・技術前提が明確
- 数値を財務分析に使いやすい
- 戦略検討向きのシナリオ
ドラフトレビューでの再確認
回答ドラフトができた後、テクニカルノートに立ち返ると、「書いたつもりだが評価されにくい」箇所が見えてきます。
特に多いのが、定性的説明だけで終わってしまい、意思決定や実行プロセスが見えないケースです。
テクニカルノートは、こうした“あと一歩”を補う視点を与えてくれます。
- 定性だけで終わっていないか確認
- 意思決定プロセスを明示
- マネジメント水準を意識
WEOの他シナリオとの違い
概要
WEOには、STEPS(現行政策)、APS(表明公約)、NZE2050などの複数のシナリオがあります。TCFDでは、NZE2050を1.5℃ケース、STEPSやAPSを緩和が不十分なケースとして組み合わせることが一般的です。なおIEAは、NZEを“1.5℃目標に向けた経路の一つ”と位置づけつつ、WEO2025では気温が一時的に1.5℃を上回る(オーバーシュート)軌道になった点も示しています。
- 複数シナリオで幅を持たせる
- NZE2050単独使用は避けたい
- 現実的な比較軸を持つ
TCFDにおけるRCPとNZE2050の使い分け―なぜ両方必要なのか
TCFD実務では、移行リスクはIEA等のエネルギーシステム・シナリオ、物理リスクはIPCC等の気候シナリオを使う整理が一般的です(ただし、目的に応じて他の公開シナリオも選択し得ます)。
- 移行リスク:IEAシナリオ
- 物理リスク:IPCCシナリオ
- 目的に応じた使い分け
移行リスク分析はIEAシナリオが主役
炭素価格、技術転換、需要構造の変化などを評価する移行リスク分析では、IEA WEOのシナリオが適しています。これは、企業の財務や戦略に直接影響する変数が揃っているためです。
- 売上・コスト分析に直結
- シナリオの説明がしやすい
- 投資判断と結びつく
物理リスク分析はIPCCシナリオが主役
一方、洪水・猛暑・干ばつなどの物理的影響は、IPCCのSSP-RCPに基づく気候データが必要です。IEAシナリオだけでは、地域別の気候変化を評価できません。
- 地域別分析が可能
- 長期視点での影響評価
- サプライチェーン分析と相性が良い
IPCC AR6・IEA WEO・TCFDの関係整理―三層構造で理解する
概要
TCFD実務では、IPCC・IEA・企業分析を三層構造で捉えると理解しやすくなります。
- IPCC:温度目標の科学的基準
- IEA:エネルギー転換の道筋
- 企業分析:財務・戦略への影響
温度目標から企業戦略までの接続
IPCC AR6が示すのは「1.5℃を守るための条件」です。IEA WEOは、それを満たすためのエネルギーシステムの変化を具体化します。そしてTCFDは、それが企業にどんな影響を与えるかを分析・開示する枠組みです。
この接続関係を意識するだけで、シナリオ分析の一貫性は大きく高まります。
- シナリオの出所を明確にする
- 役割の違いを説明できるようにする
- 温度目標との整合性を示す
「それっぽい」TCFDから脱却するために
シナリオ名を並べるだけでは、説得力のあるTCFD開示にはなりません。なぜそのシナリオを選び、どう組み合わせたのかを説明できることが重要です。本記事で整理した考え方は、そのための最低限の土台になります。
- シナリオ選定理由を言語化
- 分析目的との対応関係を明確に
- 開示文書全体のストーリーを意識
参考文献
[1] A Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change
[2] International Energy Agency (IEA), 2021: Net Zero by 2050: A Roadmap for the Global Energy Sector.
[3] Task Force on Climate-related Financial Disclosures (TCFD), 2017: Technical Supplement: The Use of Scenario Analysis in Disclosure of Climate-Related Risks and Opportunities.

